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絶滅稀少人間図鑑
<大藪春彦(下) >
「諸君」連載第5回

 ルワンガの乾いた河床を二頭の巨象が疾 走していた。大きな耳をぴったりと頭部に張り付け、鼻は口許で丸まっている。すで に攻撃体制だ。80メートル手前には、三七五ホーランド・マグナム、ウインチェスター銃を構えた大薮春彦がいた。
 轟音とともに初弾が飛び出す。一瞬、揺れた巨体を翻して向きを変えブッシュの中に逃げ込だ。四五度の気温を切り裂いて二弾、三弾が突き刺さる。ブッシュの二〇メートル先に「手負い」がよろける後ろ姿が見えた。三七五がまた火を吐く。彼はガクッと膝を屈し横転する。地響きと土煙が巨躯を包み込む。興奮して背後に回り込もうとカメラを構えて近ずくと、その瀕死の象は突然前脚を立てて鼻を振り回した。
 あわてて四メートルの至近距離から止めを刺す。ドウッと再び倒れた巨象の足に痙攣が奔り、一筋の涙を流してこときれた。
 ザンビアの奥地であるこの地域ではハンターが仕留めた野獣の肉を地域住民に分配 する事になっている。貴重な蛋白源だ。住民といえども勝手気ままに野獣を狩ること は厳重なレギュレーションで禁止されている。だからハンターがもたらす狩猟獣の肉 は彼らにとって豊穣の収穫祭の意味を持つ。五トンの象の肉は二〇〇人余の3週間分の食料なのだ。二〜三時間もすると人っ子ひとり見えなかった現場に、目も鮮やかな原色の腰巻きをまとい、頭上に瓶や容器をのせた女たちが続々と集まってきた。その数は百人を超えた。男たちは斧で堅い皮膚を削り、腹を割く。血まみれになって腹中に潜込み心臓を切り取るのは乳飲み子を背負った若い母親だ。切りかすをかすめた子供たちは、早速焚き火をおこし肉を炙り、生焼きのままかぶりつく。どの顔も笑いが溢れている。  目の当たりに見た巨象の死、特に絶命の瞬間に流した一筋の涙はショックだった。
 それと同時に、大きな肉塊を頭に乗せ、私たちに笑顔で手を振りながら家路に急ぐ 現地の人たちの喜ぶ様は私に複雑な思いをさせた。我々農耕民族にも「収穫の秋」がある。そして「海の幸・山の幸が流血であってはならない」との感情があることは事実だ。だがこの地の「豊穣の秋」とどこが違うのだろうか。
 サバンナに草食動物が増えすぎると緑多き土地も彼らの餌場となり、雨期がくれば大洪水だし、彼らを食料とする肉食獣が増え続ける。そして老化し、ついには人間を襲うようになる。この自然の需要と供給のバランスを保つためには正確な数を知らなければならないし、自然淘汰をさせなければならない。それには狩猟規則にのっとったハンテイングが必要だし、また政府の野獣省が必要とする費用の大部分は狩猟税 やトロフイー・フィーで賄われている。例えばクロサイの場合、一頭が2700ドル(当時のレートで約810,000円)かかる。これに象や豹、他のフィーを加えると数百万のキャッシュが自然保護やリサーチの原資となっているのだ。もちろん合法的な狩猟の何十倍にもあたる密猟者の摘発コストも野獣省の管轄だ。感情だけのたてまえ論はここでは絶対に通 用しない。


 「異常の人生観を持つ作家」大藪春彦とは、「日常から脱出した異常の体験」を共 有した。ケープ・バッファローにチャージされたり、ブッシュの中で迷い、日没まで彷徨したり、ツエツエ蠅や風土病の恐怖などだ。アフリカだけではなく、その後続いたモンゴルやカナダでの際も同様だった。
 ロッキー山中で羆を追った時のことだ。
 雪道に残った足跡がどうもおかしいと彼はいった。途中で足跡がUターンしているの だ。う回して元の場所に戻ると雪の上が丸く溶けて窪みをつくっていた。実は私たちの気配に気づいた羆が逆に襲い掛かろうと待ち伏せていたのである。幸いにも羆はすでに立ち去っていたが間一髪であった。
 野生動物や銃や狩猟行での危機管理に対する彼の知識は驚くほど豊富だ。常日頃、多くの文献を読み、銃弾まで手作りする程なのだ。冒険の旅で持参する総重量 二〇〇キロもの携行品には、サバイバルに必要な総てが詰まっている。中には野グソ用の携帯便器、お尻洗い用の水を河から汲み上げるバケツまである。浄水器やあらゆるタイプの薬品などなど。なにもそこまでしなくても、とあきれるほどであったが、結局は役にたつものばかりであった。  <以後略>



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